と言っても、数時間ご近所を、ブラブラしただけですけど...
(これ、家出って言わないかな(;^_^A)
家に帰ると、
息子(2歳は)起きていて、
息子『ママ〜!お帰りヾ(@°▽°@)ノ何処に言ってたの〜?』
私『ん!ご用事があったの。』
息子『ふ〜ん。Hくんもご用事、今度行く〜!』
娘(6歳)も寝ぼけマナコで起きて来て。
娘『ママ何処行ってたの?淋しかったよ〜。』
2人とも心配しててくれたんだね。
ごめんね。
今度は断ってから出かけます(・_・;)
]]>おじさんは中学の時から、私の事をとても可愛がってくれた。
私がどういう状態でも、変わらずに居てくれた。
おじさんは、情に熱い人だった。
一見恐そうに見えるおじさんだが、
私が遊びに行くと
『お〜!ぽっかぽか!』
と、とっても人なつっこい笑顔で、嬉しそうに迎えてくれた。
よく家族旅行に、私も一緒に連れて行ってくれたり、
食事にも、連れて行ってくれた。
中学からの、私の思い出の中にはおじさんが沢山登場する。
自分の父親よりも、沢山思い出があるかもしれない。
何年か前に、おじさんの仕事が上手くいかなくなり、
生活していくのが、やっとになった。
おじさんは私に、
『ぽっかぽか、ごめん。おじさん、もうぽっかぽかに何もしてやれないかもしれない。』
と言った。
私は
『何言ってるの。おじさん!おじさんは、おじさんじゃない!』
と言うと一言。
『ありがとうな。』
と言って涙ぐんでいるように見えた。
昨日、告別式でした。
おじさんが好きで、よくカラオケで歌っていた曲が流れていた。
おじさんがまるでそこにいるような、温かい式だった。
いっぱい泣いた。
地位、名誉、お金。
そんなモノはちっぽけなもの。
もうどうでも良い。
生きて、ここに居るだけで素晴らしいと思った。
おじさん!本当にありがとう。
おじさんに出会えて、本当に幸せでした。
]]>モヤモヤ...
の続き。
今回の事は、
毎日登校するお友達のことです。
何人かで登校する約束をしたのですが。
だんだん人数が増えて7〜8名になってしまいました。
それが多すぎると思っている方がいるらしく。
「他のルートから行ったら。」
というようなことを遠回しに言ってきます。
でも、それは明らかに遠回りだし、娘の通学路から外れています。
皆で仲良く行ったら良いじゃん!!!
そんなに人数が問題?
自分のことなら、
「じゃあ、いいです!」
ってことになるかもしれませんが...
娘は皆で登校することを楽しみにしているようだし...
思わず言葉を飲み込んでしまいました。
まあ。暫くして学校に慣れてくれば、新しいお友達もできるだろうし、
登校するスタイルも多分変わってくると思います。
前記事を書いた時より、気持も落ち着いて。
ちょっと、様子をみてみようと思います。
子供が絡むと、
自分の今迄の人生には、あまりない選択をすることがあったりします。
言いたいことを、言うのをやめたり。
逆に言いたくない事を、言わなくちゃいけない場面も。
今回のこともそうだと思います。
あの時はカッとなっていたので、嫌だな〜とモヤモヤしていましたが。
人間関係を諦めない。
という点では、色々勉強になることがありそうな気がしています。
]]>そして、心配、不安も出て来たりして...
『親の心配や不安は子供に伝わる。』
というから、あまり出さないようにはしているが、伝わっているかもしれない。
昨日は子供の小学校の説明会。
色々な事を思う人がいるってことは、私にも解る。
でもさ〜。
それはこの間も話して、
『そういう事にしましょう!』
決めた事じゃなかったけ???
また振り出し???
本当にこの間、話した事忘れちゃったの?
それとも他に何か意図があるのかしら???
よっぽど
「もういいです!」
て言おうと思った。
でも、それ言っちゃったら、娘だどうなっちゃうんだろう?
言葉を飲み込んじゃいました。
私の考えすぎかもしれない。
新生活が始まる不安なども助けているのかもしれない。
でも何か、モヤモヤする。
]]>それは、私の描く『理想の家族像』
私のひとりよがりだったんだと思う。
形にこだわり過ぎていたのかもしれない。
週末などの家族で過ごす時間。
みんな楽しく笑っていて欲しかった。
でも、誰かが笑っていないと、私はとたんに不幸せになってしまうんですよね。
何だか、それって私の幸せ誰かに握られているようで、全然楽しくなかったし、
今思えば、無理があった。
そして、周りの人も型にはめ、窮屈な思いをさせていたのかもしれない。
これを握り締めていたら、うまくいかないと多分気付いていた。
でも認めたくなくって。
いや、にぎりしめ、執着していることにすら気が付いていなかったのかもしれない。
手放してみると、以外にちっぽけなもの。
または私にはどうすることもできないモノだったりする。
こんなモノをわたしは大事だと思って握りしめていたんだな〜。
手放してみて初めて解った。
自分が一番大事だと信じていたことが、自分を一番苦しめていたりするんだね。
そして心が楽になった。
自分自身が楽しいと感じることを、もっともっとやって行きたいと思います。
]]>短い時間ではあったが、色々話をして、
彼女の価値観、モノの見方が、彼女の旦那様にドップリつかっているように感じた。
それが彼女の幸せ?
なのかもしれない。
良い悪いではなく。
ただただ、違和感を感じた。
私は自分で見て、感じたことを大事にしたい☆
]]>相手は姉の古くからの友人。
子供たちにもとっても優しく、良い人に私には見えます。
姉は離婚して7年。
子供が2人います。
母曰く、
『2人の子持ちの女をもらってくれる人なんか、そうそういにんだから。』
だそうです
そしてこんなことも
『私ももう解放されたい!』
母は、姉と、孫と4人で暮らしています。
母は、姉と一緒に子育てしている感じです。
自分が解放されたいから、結婚させたいの〜
自分で選んだ道じゃない。
私にも、結婚を進めて。
というようなことを言います。
でも、私どっちでも良いんだよね。
姉が幸せで、自分の人生を生きていてくれれば。
母と、姉、もめたようですが
結局、姉はお断りしたようです。
母は『子供の為に、身売りしろ!』
というようなことも言ったようです。
(個人的には、ギョッとする言葉ですが...)
子供の為にと決めて、結婚するのも人生。
しないのも人生。
どちらを、自分が選ぶかだけの話ですよね。
人生終りの日になってみないと、良いわるいなんか、解らない。
]]>休日にちょっと早起きした、Lは
「ママ〜。」
と私を起こしました。
もうちょっと、眠りたかった私は、テレビの子供番組をつけてやり、ウトウトと眠り中へ
暫くして、ふとLの方を見てみると、
薄暗い部屋でテレビに向かって、真剣に手をヒラヒラと動かして
いました。
(何かに取りつかれているよう)
子供番組にしては静かだな〜。
テレビ画面を見てみると、子供番組は終わってしまったらしく、
テレビでは『手話講座』が始まっていました。
それを見ながら独りお勉強(?)していたようです。
多分彼女自身、我慢していた意識は無いと思います。
私を子供番組が終わったと起こすこと無く、その場にあるもので
楽しもうとしている。
そういうところが娘にはあるんだよな〜。
自分自身も気がつかないうちに我慢してるっていうのかな。
その友達に言わせると、『長女はけなげ。』
だそうです。
そんな彼女は長女。
そして私は次女。
次女にだって、けなげなところぐらいあるさ
多分...
]]>
しかし、ヤツは容赦しなかった
ヤツを甘く見ていたよ〜
その名は
『インフルエンザ』
昨日の朝から息子(2歳)が発熱
ただの風邪かと思い、気楽に受診しました。
先生「インフルエンザの検査しとこうか!」
ぽっかぽか「えっ!インフルエンザ!あ...はい...」
ぽっかぽか心の声
「またまた先生。用心深いんだから〜。保育園でも流行ってないし、まさかね〜」
10分後、検査結果が出て再び呼ばれました。
先生「私もまさかと思ったんだけど、バッチリ、インフルエンザだったよ。お母さん。」
今年はインフルエンザの噂聞かないし、
流行らないのかなと思っていましたが、
ここにしっかりかかってる、人がいました。
薬剤師さんの話では
「今年は暖冬だし、手洗いうがいをしっかりして、湿度をしっかり保っていれば、
それほど感染が広がることはないだろう。」
とのこと。
皆さんお気を付けを。
]]>
ブログを読み返してみました。
あの頃の私が一杯一杯詰まっていました
そして皆様からの温かいコメントも
やっぱり、私このブログ好きです
以前も、ブログ再開します!
なんて記事を書いた気がしますが
今度こそ頑張ろうっと
]]>もうボロボロ。
何が原因か自分でも解らなく、なおさら煮詰まるばかり。
そして今日その原因がはっきり解りました。
私自分以外の誰かになろうと、一生懸命になっていました。
私はカメなのにウサギを羨み。
ウサギになろうともがいていた感じ。
でもカメはカメ。
ウサギにはなれるはずもなく。
ウサギになろうと頑張るから辛いし、カメの良さも見えなくなってしまう。
カメはカメの良さがある。
カメで良いじゃん!!!
『自分らしく』
忘れてました。
このブログタイトルにしたのも偶然じゃないのかも。
私は、私らしく。
ただそれだけ。
私は、姉にコンプレックスがあるみたいです。
私と姉は年が10歳離れています。
姉は高校時代、クラブ活動が忙しく、家にほとんど居ませんでしたし。
高校を卒業してすぐに一人暮らし、そして結婚。
姉と交流があった記憶はほとんどありません。
なのでコンプレックスを感じることも少なかったのかもしれません。
しかし、ここ5年位は頻繁に会うようなりました。
というのも姉の娘(私の姪)と、私の娘が年が近く、保育園も一緒でした。
家も近く、よく遊びます。
共通の知り合いも多くなりましたが、どうしても比べられてるのではないかという恐怖(?)があり、
共通の知り合いには萎縮して一歩引いてしまいます。
姉は頭もよく私立の頭の良いと言われている高校、大学を出ています。
人付き合いも良く、姉御肌で、どちらかというとリーダーシップをとるタイプ。
私は日本の高校に推薦枠で押し込んで頂き進学しましたが、
途中で追いやられるように留学。
しかし、英語堪能とまでいかず...
人付き合いも得意ではなく、どちらかというと後ろから着いていくタイプ。
両親は私が幼い頃、直接的には比べるようなことは言っていた記憶はほとんどありません。
でも
「お姉ちゃんは頭が良い。」
というようなことはよく言っていました。
でも、一つ印象に残っているのは、
姉も昔、学校に行かなかった時期があるようで、
「お姉ちゃんもそういう時期あったけど、自分で色々な所に相談に行って、自分自身で克服したのよ!」
と言っていました。
私は自分は駄目だなという所に落ち入りました。
今思えば、子供2人とも登校拒否って、家庭に問題あるって、両親が少しは気がつかなきゃいけなかったような気がしますけど...
(まあそれは置いといて。)
多分比べているのは、私だけなんだと思います。
周りの人は、特に気にしていないのかも。
]]>お別れの時。
にも書きましたが、娘(5歳)の保育園の担任の先生が今日で移動になりました。
今日は涙涙でした。
M先生には沢山のプレゼントを頂きました。
特に娘がこの一年で成長したなと感じるのは...
『切り替えの早さ』
です。
娘はちょっとつまずくと、先に進めない所がありました。
でも今は
『とりあえずAは置いといて、Bもやってみようよ。
そして、後で時間を置いて解決して行こう!』
というような事が、出来るようになりました。
先生と子供達が接するのを見ていると、
これは先生から頂いたプレゼントだなと思います。
本当に感謝しています
ありがとうございます
こうやって色々な人に出会い、色々なプレゼントを頂きながら成長していってくれたら素敵だなと思います
]]>
やったー
100記事、達成
これも私のブログに遊びにきてくださったり、
コメント・niceなどの足跡を残してくださった、皆様のお陰です
本当にありがとうございます
これからもマイペースではありますが、記事を書いていきたいと思います
宜しくお願いします
]]>そして娘(5歳)のクラスのM先生が、4月に市内の他の保育園に移動になることになりました。
先生も市の職員で、何年かに1回、市内で移動になります。
それを聞いたのが昨日。
結構、動揺してます。
娘の保育園生活は、あと1年。
来年もM先生にお世話になれるものと思い込んでいました。
私、誰かとお別れする時、よくあることなんですが...
淋しさと一緒に、
『何かを、やり残した感』
が残ることが多々あります。
もっと違う関わり方が、できたのではないか。
何か伝え忘れたことがあるような。
みなさんはそんな経験ないですか?
精一杯、ベストで人と関わっていないということなのかな?
]]>夫の一人暮らしの部屋へ遊びに行くと、
夫が使った後トイレの便座は殆ど必ずと言って良いほど、下がっていた。
結婚して暫くすると、
夫の入った後、殆ど便座は上がっているようになった。
そして子供が生まれ、
上の子がトイレに自分で行くようになると便座は今の所、殆ど下がっている。
と言うのも子供のお尻が何度も便器に落ちる、
もしくは、便座のないトイレで頑張って落ちないように、ようをたしている子供を目撃して、
気を付けているらしい。
便座一つでも私たちの歩みがわかるな〜...(オーバーかな?)
皆さんのお家の便座はどうなってます?
どうでも良いか〜?(笑)
]]>ここ何年も変わっていなかった重役の移動、昇進などがあった。
重役に昇進した一人の方が、私のもといた部署の上司。
前祝いと言う事で、飲み会に行ってきました。
その席で、その重役から
『今度、自分の移動になる部署に来るか?今の部署と兼任でどうだ。』
と冗談ともとれる口調でのお誘い。
私は、その場は聞き流す感じでやり過ごしました。
が、この飲み会での話が結構侮れない。
こういう席での話が現実になっているのをいくつも見てます。
今の部署にやっと慣れて、きたのにな〜。
兼任だと両方中途半端になりそうだしな〜。
どうなることやら。
びっくりしたのが、私この上司に嫌われてると、ずっと思っていました。
なので私も避けている部分あったと思います。
なのにお酒の席とはいえ、お誘いがありました。
驚いたけど、嬉しかったです。
]]>
私 『あと、いくつ数えたら出ようかあ?』
と娘に聞くと。
娘 『ん〜っと。じゅういち』
私 『11?半端だね〜。』
娘 『良いの!!! いち・にい・さん...』
そう!
全くその通り!
いくつを選んだって良い。
10・20・30など、キリがよい数字がいいなんて、ただの私の思い込み。
キリがよい数字である必要もないし、選ばなくてはいけない訳でもない。
子供達と接していると、そういういつも当たり前だと思い込んでいる、観念に気づかされます。
]]>自分を誰かが不幸にすることも、逆に幸せにすることもできない。』
と言われたことがあります。
その時は
「え????」
という感じでよく解りませんでした。
(何しろ私、今思えば誰かに何かされてしまう恐怖(誰かが不幸を持ってくる的な)を感じていることがありましたか
ら。)
最近ちょっと実感してます。
上手く書けないのですが...
楽しい気持で人と会話していれば、楽しい。
その楽しい気持を創ったのは自分自身。
誰かが私の楽しい気持を創ったのではないし。
誰かが私の楽しい気持を創ることはできない。
不愉快も大半はそうなのではないでしょうか。
誰かが私の不愉快を創っているのではなく、全て自分の中にある。
自分自身で『楽しい』『素敵』を創っていく。
案外単純なことなのかもしれません。
]]>ただのお友達というより、
『仲間』
『同志』
といった言葉がシックリくる。
1日の大半を過ごす保育園。
楽しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、悔しい時も
パパ、ママに会いたくて淋しい時も、
分ち合い、お互い励ましあっているようなところがある。
考え方によっては、1日の大半を親から離れて、預けられて可哀想。
なんて思う人もいるかもしれない。
確かにそれもあるかもしれない。
でも、私は幼い頃から、『同志』と日々過ごせている、子供達を幸せだなと思う。
]]>